ポートメリオンについて

 ポートメリオン社は、1960年スーザン・ウィリアム・エリスと夫ユーアンによって
イングランド北部のストーク・オン・トレントに設立された比較的新しい陶器メーカーです。

 ウェールズにあるポートメリオンビレッジ創設者であり環境・自然保護の先駆者でもある父クロー・ウィリアム・エリスの影響を受けたスーザンは、ヘンリームーアのもとでアシスタントとして技能を磨き、その後も数々の功績を残して活躍したボタニカルアートデザイナーです。
ポートメリオン設立後、スーザンは様々な陶器のデザインを手がけ製品を発表していきました。父の設立した楽園と呼ばれるポートメリオンビレッジのコンセプトに合った食器を・・と考えたスーザンは、1972年にボタニックガーデンを発売しました。

繊細で自然感溢れる植物画と、キッチンやダイニングにボタニカルアートを取り入れるというスタイルコンセプトの提案は、瞬く間に世界中で支持され、ポートメ リオンは世界に名をはせることとなりました。近年では、クラッシックなボタニカルアートだけでなく、21世紀の生活スタイルにもマッチするような斬新で近 代的なデザインにも力を注ぎ、イギリスを代表する有名な陶器メーカーとして今も発展し続けています。

ポートメリオンの硬質陶器は、衝撃にも強く食洗機や電子レンジにも問題なくお使いいただける普段使いに適したカジュアル食器です。

日常使いに、おもてなしのテーブルに、また飾り皿などディスプレイや観賞用として様々な使い方でお楽しみいただけます。

スポードについて

 スポードは、1770年イギリスのスタッフォードシャー州ストーク・オン・トレントに設立された歴史ある英国の名窯です。
スポードは、銅版転写による下絵付けの技法と、ボーンチャイナの開発という英国窯業にとって最も意義のある重要なものを確立させたことで知られています。

 1733年イギリス窯業中心地であるストーク・オン・トレントの貧しい家に生まれたジョサイヤ・スポード1世は、6歳で父を失うとわずか7歳で陶工としての人生を 歩み始めました。
 16歳で当時のその場所で一番の名を誇るトーマス・ウィールドン陶工のもとに従弟入りすると、その5年後には熟練した技術をもつウィリア ム・バンクスのもとで働き、ブルー&ホワイトと呼ばれる白地に青の絵付けを施した陶器作りに励み腕を磨いていきました。
そして1770年、長い道のりだった下積み経験を経て、遂にスポードは念願の工場を設立しました。

 ジョサイヤ・スポード1世は、自社工場を設立すると30年間培ってきた技術の全てを、
銅版転写による下絵付けの技術開発とボーンチャイナ生成のために注ぎました。
 1784年、銅版転写による下絵付けの技法の開発に成功すると、次はより白くて透光性の高い
ボーンチャイナ生成のための研究開発に励むことになります。
1796年にはボーンチャイナの完成まであと一歩というところまで辿り着いていました。

 一方父であるジョサイヤ・スポード1世のもとで修行を重ねたジョサイヤ・スポード2世は、ウィリアムコープランドと共にロンドンへ進出し、スポード製品の 販売に乗り出しました。
 当時オランダの東インド会社は、1773年以降中国からの陶磁器の輸入量を減らし始め、窯業者達は中国製品に取って代わる製品を作 ることで賑わっていた時期でもありました。
 そして1784年にそれまで紅茶にかけられていた莫大な税金が劇的に減少するようになると、
紅茶の普及により ティーポットやティーカップの需要が急激に増加し始めます。
  こうしてイギリスでのテーブルウェア市場が急成長を遂げると、その波に乗ったジョサイヤ・ス ポード2世は、ウィリアム・コープランドと共に着実に実績を上げていきました。  父ジョサイヤ・スポード1世が亡くなってからわずか2年後の1799年、ジョサイヤ・スポード1世の遺志であった未完のボーンチャイナへの追求は、ジョサイヤ・スポード2世によって遂に完成されることになると、スポードの名声は更に確立されていきました。

 1806年には、ウェールズの王子ジョージ4世が訪れたことがきっかけに英国王室御用達の証であるロイヤル・ウォラント(英国王室御用達許可書)を授与さ れたスポードは、英国屈指の窯となり、確固たる地位を築き上げていったのでした。
 以来スポードは、英国窯業界の担い手としてだけでなく、当時からストーク・オン・トレントで窯業を営む最も古い窯として、今も伝統ある技法を受け継ぎながら世界の人々を魅了する新しい製品を発表し続けています。